2013年4月1日月曜日

努力は報われる?・・・

昨今、日本のマスコミを賑わせている『ジャリタレ』というアイドル達。
今日は『成熟したものよりまだ未熟なものをもてはやす』日本特有の文化について一考してみようと思います。

名づけて『私家版 芸能界と俳優論』

上記の題名『芸能界と俳優論』と今日のテーマ『ジャリタレ(アイドル)』は
大分遠い印象にうつるかと思いますが、
まぁ、ちょっと読んでみてください・・・

   1980年1月 ニューヨーク市
   1月ある日のタクシー運転手との会話

運『お前、ジャパニーズか?』

私『そうだけど・・・』

運『俺、昨日、日本人の友達の家行ってCATVで日本の番組観たぜ!』

私『へぇ・・・どんなの?』

運『子供達の歌合戦観たぜ!すげえな、日本、子供だけであんなに盛り上がってんのな!』

私『へぇ・・・』

運『知らねぇの?すげぇ伝統ある番組だって言ってたぜ!』

私『素人が出てきて合格するとキンコンカンコンキンコンカンコンキンコンか~ンって鳴るヤツ?』

運『えぇ!?違うよ!何かよぉ、ゴージャスだったぜ。すげぇ大勢の日本人ダンサーの中で子供が
  歌うんだよ。大体、皆、そうだったぜ!!』

   私、心の中で考える(『・・・ゴージャス・・・?大勢のダンサー・・・
                 その中でたった一人の子供が歌う歌合戦?観た事ないな』)

運『観たことないな・・俺がこっち来てから始まったのかもね』

運『えっ、何か日本人なら誰でも観てるって俺の友達言ってたぜ?』

私『・・・???』

運『あれだぜ、12月31日に毎年やってるロングラン番組だって言ってたぜ!?』

   私、心の中の声(『・・・大晦日・・・毎年やってる長寿番組・・・歌合戦・・・
              NHK紅白歌合戦じゃん!!!』)

私『あ~あ~あれね!!』

運『分かったか?そうだろ?あれ、年末に皆で観るんだろ!?』

私『あ~あ~・・観るね、確かに』

運『俺さ、日本、すげぇ国だと思ったよ。』

私『・・・何が?』

運『だってよぉ、子供の歌手志望達の歌合戦にさ、日本中が盛り上がるんだぜ。
  子供の夢を皆が支えるってすごいよな!俺、いい国だなぁって思ったんだよ!!
  何かさ、そう思ったら、下手な子供達でも応援したくなるよな!!
  そうやって、信じる気持ちが子供を育てるんだよな!!』
              

   その当時の私には、とてもそれがNHKがやっている
  〝国民的番組″の紅白歌合戦なんて言えなかった。
   あまりの驚きに口ごもっていると

運『俺はそこまで子供見続けられないからさ、全部は観なかったけど、
  最後に出てきた女の歌手だけは大人でうまかったな!あれが子供達の憧れてる
  ジャパニーズアイドルか?』

私『ああっ、そう・・・・(きっと美空ひばりだ)』

   てな事があった2年後。
   1982年8月。東京。
   数年ぶりの帰郷。久しぶりに日本のTVを観ると素人の若い男の子が音程どっぱずしの
   舌足らずな歌を気持ちよさそうに歌っている姿。

私『この素人の子、誰?』

母『あんた、その子素人じゃないよ。トシちゃんって言って、今一番人気あるアイドルだよ』

私『・・・ああっ、そうか!!』

   数年前にNYでタクシーの運転手に対して感じた2つの異和感がここで解決しました。
   異和感が何だったかと言うと

1、なぜ紅白歌合戦が〝子供達の歌合戦″に見えたか?
2、なぜ、美空ひばりがアイドルに見えたか?

   解明していきましょう。


ニューヨークは本当に安いお金で、一流アーティストのプレイが聞ける街です。
私もそんなに音楽に造詣が深い訳ではありませんが、あの街に数年住んで、
テレビを見たり、ラジオを聴いたり、たまにバーに行ったりしてライブ演奏を聴いたりしていたら、
知らず知らずに耳が肥えてしまいます。
圧倒的なクオリティの音楽しかそこには存在しないからです。
というか、街を歩いているだけでも度肝を抜かれるストリートパフォーマー達の音楽で
目も耳も現代POP、JAZZ、BlackMusic、だけに関わらず様々な音楽に対しては肥えてしまうものなんです。これは行って、その街の空気に触れたら1週間でもすぐに感じる事でしょう。

帰国した後に日本人アイドルの歌を聴いて、即座に『この素人は誰?』と
無意識に問うた私の行動が全てをあらわしています。

私の家系は、『男がピアノぉ!?男は走ってりゃいいんだっ!(「ジョー樋口の子育て より」)』
こんな感じで音楽なんて無縁の育ちだったのにも関わらず、ふと聴こえてきた歌唱レベルに対し、
『アイドルかな?』ではなく、『素人だな』と判断したのです。

1、なぜ紅白歌合戦が〝子供達の歌合戦″に見えたか?
解答です。

   そもそも東洋人は顔の作りが平坦で西洋的には童顔と捉えられる顔立ち。
   西洋人と比較すると、身長、体系共に幼児体型のパーセンテージが高い。
   極めつけは 音程感覚・リズム感・演奏と共にセッションするという感覚など皆無の歌唱技術

これらの要素により、アメリカ人運転手には割合として子供達の歌合戦にみえたのでしょう。
(勿論、成熟した大人の歌手も大勢いますが、あくまでも割合の問題でそう映ったのでしょう)

続けて、2番目の問題・・・
2、なぜ、美空ひばりがアイドルに見えたか?

これは簡単。単純に言えば定義の違いです。

   英語のアイドル(idol)は『崇拝の対象』という意味。
   一人の歌手をアイドルと称する事には、『崇拝するレベルを持った才能あるアーティスト』
   という意味合いが含まれる。
   で、例えばどんな歌手が英語圏でアイドルと呼ばれるかと言うと、
   Elvis Aron Presley(エルビス・プレスリー)や、The Beatles(ビートルズ)です。
   

当時、プレスリーやビートルズは神状態。
政治思想、市民運動、平和運動、様々な人々の行動に影響を与えたジョンレノンが
神的存在として崇められidolとして崇拝されていました。

   一方、日本のアイドルは同じ『崇拝の対象』と言っても『崇拝』の定義が違う。
   一人の歌手をアイドルと称する事には、『崇拝するべく明るさと快活さと可愛らしさを
   継続する努力をし続けられる才能のあるタレント』という意味合いが含まれる。
   で、例えばどんな歌手(タレント)が日本語圏でアイドルと呼ばれるかと言うと、
   ・・・これは日本在住の方なら少なからず想像がつくだろうからもういいいでしょう。

まぁ、それでも1980年代中頃までは(崇拝するべく技術は無いにしても)手は届かない庶民の憧れではあった。

しかし、技術を伴わないアイドル達では限界がある。そこをどう脱却するか?
技術じゃないなら、『憧れ』という従来のアイドル像を覆してクラスメイト的親近感を全面に打ち出そう!的な感覚で『おニャン子クラブ』が出没。大成功。

続けてバラドル、グラドル、さらには女子アナ、声優、女優等、本来技術職と思われる俳優業にまでも、『女優業をメインとしたアイドル』が参入してきた。
(まぁ、当然と言えば当然なんです。そもそも歌手という特殊技術のアート世界から
 日本のアイドルが変貌したのですから。)

そして商業戦略は更なる技術のない若手を求めるアイドル時代へと突入。

15歳以下のチャイドル、1億総アーティストの日本文化の細分化に合わせ、
落ドル、鉄ドル、釣りドル、株ドル・・・最近では政治家オタクのアイドルなんてのまで出始めました。

こんな風に時代を経て、今はもう下手、未熟が武器になる時代。

今日、街であるポスターを見かけました。
ポスターにはマドンナ風の女の子。『高橋みなみ』と書いてある。

『・・・この子ってAKBの中でも一番オバちゃん風で、相当キツイよなぁ・・・』

と思ってた子。でもきっとAKBのファンの人も同じ様に思っていたのでしょう。
サブタイトルが

『やっぱり、努力は報われる』だって

私、バイク運転してから、爆笑しコケそうになりました。
技術なき者をアイドルでいさせる、
技術なき者をアイドルとして崇拝させる方法がここで明確になりました。

という訳で、
2、なぜ、美空ひばりがアイドルに見えたか?
解答。

技術のないアーティスト=英語圏のアイドルには成りえない。
ならば、アイドルの概念を変えて、
『技術がなくても努力で売れて金持ちにはなれる!!』
にすれば良いとなったのです。
そして、拝金主義よりスローライフ時代に入り、
『技術も容姿がなくても、努力し続ければ、俺は君を神と崇めよう!(その努力を)』
という、実力メイン(技術ではなく、売れる為の)のある種ハングリー精神を求める世界に
なった日本。

この日本の概念と英語圏のアイドルは違う意味。
『崇拝に値する技術を持ったアーティストへの敬称』。

アメリカ人タクシー運転手は、美空ひばりの歌唱と観客の反応を見て、
『彼女はジャパニーズアイドルだ』と判断したのです。

はい。今日も長くなりました。
そろそろ締めましょう。

芸のある人は芸を観せるもので、その努力は売りにしないで、陰でこっそり命懸けでやるものです。

   
   役者は演技を観せるのが仕事、そのプロセスを観せるのが仕事じゃない
   画家は完成した作品を観せるのが仕事、絵筆を持つ姿を観せるのが仕事じゃない
   音楽家はイイ曲を人に届けるのが仕事、楽器の前で苦悩してるのを観せるのが仕事じゃない

一人のアーティストが完成するまでには時間がかかります。でも、今の日本の

『未熟でもイイじゃん、楽しめれば』

という風潮では、育った頃にはもう用済みで、他の未熟な人に興味にの対象が移って、それまでの人達はお払い箱です、お金にならないから・・・

結局、努力は報われないんです。

こんな事やってると質の高いクリエイションなんて夢のまた夢です。

AKBのプロデューサーの秋元氏が雑誌のインタビューで、
どの様にAKBを発想したのかと問われて

『ニューヨークのブロードウェイでは、舞台がはねた後、ミュージカルに出演していたダンサー達が
 まだ興奮冷めやらない観客と共に、一緒に地下鉄に乗って帰る。僕はそれを見た時、日本でも
 こんなのがあってイイなと思って、アキバでAKB始めました』

とおっしゃっていたのですが、私もニューヨーク時代『DACIN'G』というボブ・ホッシーの素晴らしいミュージカルを観た後に、地下鉄で出演していたアン・ラインキングと一緒になったのですが、その時
の感覚はAKBのムーブメントとは全然違うものだった様に記憶します。

いわゆるアキバ的ムーブメント的な感じではなく、地下鉄に同乗する出演者達の横顔とその長く鍛抜かれた手足や、洗礼された身のこなしを観ながら、彼女達の芸に対しての畏敬の念といいますか、感謝の気持ちと言いますかそんなものを感じていた様に記憶してます。

はい。『私家版 芸能界と俳優論』まとめです。

芸能界とは、idol musicianを商業戦略のもとにアイドル歌手という新種のcreatureに作り上げた。
そして、多岐に渡ったアイドル戦略は、俳優業にも参入してきた。
現在、芸能界で俳優をやろうと思うと、それは日本的アイドルの努力を必要とする。
それには、AKBの彼女らの努力が最高の見本となるであろう。

映画界に関しては、TV業界の影響に抵抗し頑張っている監督、製作者がまだたくさんいます。
勿論、TV業界にもいるのですが。
そう言った方達の努力同様、私も使い捨てになる若手俳優が少しでも減るよう、
指導という形でアイドル回復の一助になれたらと思います。

以上です。

まぁ、コレも私の趣味といえば趣味なんで、皆さんの好みに対してとやかく言ってるわけではありませんので、ご了承ください。

2013年3月30日土曜日

Hey man ,Do the right thig ! 男の闘争心って・・・

今日ニュースで

『北朝鮮の軍事的動きに関して、牽制する意味でアメリカがステルス爆撃機で演習を行い、それに対して北朝鮮はミサイル装備をしたと発表した』

みたいなニュースがあり、これ見てまた『なんだかなぁ・・・』
と考えてました。

安易な報復は、排外主義的集団ヒステリーによって団結している独裁体制(=北朝鮮の現体制)の延命に手を貸すことになりかねない。
だから、関係諸国はとにかく静観するしかない。

現状、確かにこれしか答えはないと思うんです。

最低の手段ですが、歴史的に見てベストの手段でしょう。

でも威嚇が始まったら、威嚇に対しての報復的威嚇が始まって、後は、どっちかが引かない限り、もう意地の張り合いになってしまうんじゃないか・・・っていう予見が浮き彫りになりませんか?

女性や子供を守りたいという思いに反して、静観するしかない現状において、ただ聞き流すのも何なので、いつもの〝物事をシンプルに考えてみる″習性を使ってみようと思います。
(*注意 ここから書くことは、僕の勝手な言い分ですので、読んで損をした!と思う人がいるかもしれませんが、そこもご了承ください)

複雑な事がニュースで流れていても

『えっ、コレって結局、簡単に言えばOOOですよね』とやる訳です。

世の中は情報化社会となり、益々複雑に多様に変化していますが
人間の根本的なモノは太古の昔からあまり変わってない気がしますからね。。
で、ここで題材にしたいのが

〝男の闘争心″ でシンプルに読み解く歴史。

~~樋口的 私説 戦争観~~

南北冷戦から、長くて短い闘いの歴史が北と南の間にはあります。
それぞれの国が、他者のことなど考えずに利権争いのみで敗戦国を隷属させていた時代ですね。

日本もかつて、追い込まれて開戦という歴史があります。
少し日本を見てみましょう。

日本が敗けた時、アメリカは隷従を求めませんでした(表面的には)
『僕らは戦争に勝ったけど、君達の事を奴隷にはしないよ。
 君達のような素直でまっすぐな民衆を
 野蛮で遅れてる軍事国家から救出してあげましょう!』

民主主義の伝道者=文明へのお誘いとしてアメリカは日本に関わり、
反対勢力による血と血の争いをする事なく、美しく、安全にGHQによる占領時代に入り、
たった7年間でものの見事に『野蛮』は一掃され『文明』が日本に訪れたのでう。

鬼畜米兵に対して、簡単に順応したのは日本人が長いものに巻かれる習性があるからではありません。そこもアメリカの完璧な戦略によるものです。
天皇制の攻略が完璧にマッチしたのです。
『天皇の言うことなら皆聞くらしいから、HIROHITOにアメリカの言うこと聞きなさい』
って言わせればいいのでは??という戦略が完璧にフィットしたんですね

開拓者精神を持って略奪、強奪、隷属させる欧州的やり方ではなく、
アメリカの新時代は〝見えない・見せない支配″に変化し、最高の結果を見せたのが
同盟国となった日本という訳です。

で、民主主義になった日本で私たちは、それまで労働者として日々苦しみながら
働いていたけれど、敗戦後は、労働者から消費者に変化した訳ですね。

『冷蔵庫!テレビ!洗濯機!そして・・・夢のマイホーム!!』

今までは働けど働けど我が暮らし楽にならず・・・だった清貧生活から・・・

『働けば暮らしは夢のアメリカンライフ!!』

消費者というのは気持ちの良いものです。労働者はこき使われるだけだけど、
消費者は、お金を消費すればお礼言われて、物を買う瞬間は誰でも(子供でも)王様ですから。
だって、コンビニで100円のお菓子を買う子供にだって、無感情な店員は「ありがとうございました」としっかり丁寧語使いますからね。子供的には対等扱いにご満悦な訳です。

で、拝金主義の時代が始まりました。

このパターンは制度が崩壊した中国、ロシアも同様にたどっていますね。

で、アメリカのこういったやり方は全ての世界を画一化してしまうから、
それは嫌だ、という人も出てくる訳です。

この辺から利権+根深い感情(宗教戦争)戦争に突入していきます。

『フランスのやり方じゃベトナム制圧出来ないだろうけど、
 俺らのやり方なら、ベトナムやれるぜ!』で、ベトナム戦争が開戦する訳です。

アメリカの正義は
『文明を後進国で苦しむ民衆に!!民主主義を民衆に!!』です。
でも、この掛け声と共に植民化しようとしているのは事実なもんだから、
エドワードサイードの『文明と野蛮』で、文明を押し付けようとする事そのものの方が
野蛮であり、西洋的文明を上に見て、東洋的文明を下に見ているという考え方が
おこがましく、ひどく野蛮というような論文が出たら、アメリカのやってることこそが
ひどく野蛮だとばれてしまった訳です。

でも、アメリカだってそんな簡単に方針は変えられない。
アメリカはアメリカの今までのやり方がある。(たった200年なだけど、勢いで勝ち続けてきた歴史がある訳で、それを覆したくないという思いが強まるのは当然かもしれないけど)

北朝鮮だってそんな簡単に方針は変えられない。
南北冷戦は休戦したとは言っても、経済制裁受けたら独裁者としての立場もある。
(昔、日本では国が貧しくて民が飢えた時に、隣国から略奪しない、させない領主は
 ダメ領主とみなされ、一向一揆という民によるクーデターが起こされていました。
 独裁政治につきまとうクーデターへの恐怖は今の北朝鮮が最も危ぶむところでしょう)

アメリカはアメリカのやり方で!!
北朝鮮は北朝鮮のやり方で!!
アメリカにはアメリカのトップ達の立場があるんだよ!
北朝鮮には北朝鮮のトップ達の立場があるんだよ!!

こうなってくると、今までの戦争はそもそも利権争いがメインだったのに、
今回のこれは、どうも男のくだらない闘争本能と意地に起因しているように思える。
ただそれを取り巻く環境が日増しに加速的に複雑化しているだけで。

ここまで書いて(相当ざっくり書きました。乱暴な部分はご了承願います)
最初の空白を埋めてみましょう。

『えっ、コレって結局、簡単に言えばOOOですよね』


『えっ、コレって結局、簡単に言えばアメリカンプロレスですよね』

突然ですが、番組スタート(アメリカンプロレス用 台本 シーン1)

♪音楽と共に番組挿入歌流れる。
 ショー的要素の強いアメリカン・プロレス番組がスタート。
 本日のメインイベンター両者が試合前にカメラに向かう。
 筋骨隆々。どちらもが脂ぎった腕、胸、腹筋、腿で相手(カメラ)を威嚇する。
 

 悪役(ヒール)が相手に近寄る。と、正義漢が

『またぐなよ!(←わかる人だけ笑ってください)』

 正義漢が相手を制する。悪役が口を開く。

 
『俺のパンチはなぁ・・・早ぇぇんだよ!
 キックときたらなぁ・・・骨まで砕けんだからな!!』
 

 再び正義漢

『またぐなよ!!』

 と、悪役の領域侵犯を制する。

『こっちにはよぉ・・・お前の知らない裏技があるんだよ!!
 棺桶に片足つっこんでるぜ、おまえよぉ・・・』

 と、悪役の応戦。そして再び正義漢が

『またぐなよ!!』

『またぐぞ!!』

『またぐなよ!!』

『裏技出すぞ!』

・・・・・・・・・

と、これが1953年に結ばれた休戦協定が2010年に事実上崩壊した瞬間から、
延々と続いているように見えるんですよ、僕には。

で、この場合の正義漢と悪役ですが、
1、アメリカ視点(アメリカ国内)では、アメリカが当然正義漢役ですね。
2、北朝鮮視点(北朝鮮国内)では、北朝鮮が当然正義漢役ですね。

これは、僕の中でイスラム原理主義とアメリカにもあてはまるなぁと思っています。
(勿論、世の中ここまで単純じゃありませんよ。
 最初におことわりしたように、単純化してみるという僕の習性です。)

アメリカンプロレスに見えちゃう位、実は単純なことで戦争って起こったりする。
ただ、戦争の困る所は、いつでも迷惑こうむるのは民衆ってところ。
迷惑の度合いが、人命まで至ると、もうどうしようもないですよね、静観の域を超える。

個対個の場合は明らかに戦闘能力の劣ってる方は、分を心得ているので
自分より強い相手との戦いは避けでしょ?
ボクシングのおけるマッチメイクとかランキング制がこれに当たる訳で、ある程度実力の見合う相手でないと勝負はしないし、させない。

でも、国対国になると、分をわきまえる所か、強い相手にも平気でつっかかってゆく。
かなう訳ないのに、外交戦略という名の元に・・・
『だって、最初に死ぬの俺じゃねぇし。前線には行かないからさ、さすがに』
そんな事思われてたら、軍隊もやりきれないですよね、本当に。
民間人なんて本当にいい迷惑。
高額の税金払ってんのに!!

アメリカもアメリカだけど、北朝鮮には本当に辟易。

やってる事があまりにも子供。

米朝対立にだけは巻き込まれたくない(ってか同盟国だし、配下だから巻き込まれない訳がないんだけど)って心底思う。

はぁ・・・
『人間の作った文明って一体なんだろう?』

多くの人達、多くの家族、多くの子供が暮らす国と国。
どうかプロレスラーのようなマッチョなパーフォーマンスには
早く終止符を打って、お互い文明人らしく、民の為に話合いましょうよ。

『テメーッ、俺のこと本気で怒らせやがったな、じゃあ俺の最終兵器
 ヌークリア・ボム(核爆弾)だ!受けてみろ!』

なんてならない内に。

日本は唯一の原爆被爆国にして原発被爆国です。

どうかこれ以上の文明による負の遺産を増やさぬようお願い致します。
本当に。

Hey man, Do the right thing!




2013年3月29日金曜日

Class on blog 5   自己愛型俳優

演劇と恋愛?

『私、OOO大好きなんですよ~ッ』

人がこういう言い方をする時、いつも私の頭をよぎる事2つのパターンあります。

パターン①
『この人は本当にOOOが好きなのかな?
 もしかしたらOOOを好きな自分が好きなだけじゃないの?』

コレ、演劇における多数派。本当に多いんです、自己愛の延長型他者愛。

ナルな人達が多いですからね、役者は
演技に向かってるんじゃなくて、演技に向かってる自分にいつもフォーカスのある人。

私が長い芸能生活で、ご一緒させて頂いた役者の方々も大体、
自己愛型の役者と演技を対象とする他者愛型の役者に分かれます。
勿論後者の方の方がイイ役者さん達です。
人の恋愛も同様ですけどね。相手を本当に好きなのではなく、相手を好きな自分が好き。
という事で次は恋愛

パターン②
『この人は本当にOOOが好きなのかな?
 だとしたら、この大いなる誤解はいつまで続くのかな?』

コレ、恋愛における多数派。まぁ、そもそも恋愛が大いなる誤解ですからね。

「どうしようもなく愛おしい」「狂おしいほど抱きしめたい」
歌詞にはたくさんの切ない愛を綴ります。

世の中には超ブ男と美人が付き合っていたりします。
だから聞いてみました。
『ねぇねぇ、あの彼のどこがいいの?』
『えぇ?私にしか見せない一面かなぁ・・・』
『何ソレ?彼、お金持ち?』
『うん』
『まぁ、それは大事だよね、性格はイイの?』
『社長だからね、皆には怖がられてる。でもお金持ちだからって訳じゃないよ』
『ふ〜ん。じゃあどこよ?』
『だからさぁ、会社だとすごい怖いけど、二人の時に甘えてきたりすると
 わぁ~ってなっちゃうからかなぁ・・・・』

ハイ、これでよく分かりました。

〝彼を本当の彼自身にしてあげられる唯一の人″が自分だからです。

=〝自分がいなかったら彼は彼でなくなるからです。

『自分がいなかったら』がポイントでこの場合も、相手が本当に好きなのではなくて、
彼の存在が自分のアイデンティの証明になってる訳です。
めでたく社会における自分の存在証明を彼女は勝ち取りました。

〝恋愛は大いなる誤解″とよく言われる理由が分かりますね。
でも、この誤解が永遠に続けば、二人は円満がおしどり夫婦と呼ばれるのでしょう。
よく小さな犬等をペットにされてる女の人もコレと同じ様な傾向が見られます。
ペットとの関係で存在証明をされてるので、気の毒に異性とはドンドン縁遠くなられてます。

まぁ、演劇に関しては恋愛のように誤解し続けるのはとても難しいです。
お金を稼ぐのも難しいし・・・

だから、①のパターンが多いのでしょうね。
演劇というアートの追求をし続けている自分が好き!

『私、OOO大好きなんですよ~ッ』
という人に対しての印象2点についての説明でした。

なぜ今日はこんな事を書いたかと言うと・・・Class on blog
日本の幼児文化に軽い終止符を打ちたいなという提案の為です。

子供のままで、追求している状態で終わるのでは、
本当の意味で大人でもアーティストでもないと思います。
なぜなら、そこには理論がなく、自分の好みとセンス(好き嫌い)だけだから。
好き嫌いは感情です。感情ではなく、理論にしてみる事で
社会的な大人として物を考えてみませんか?という提案です。

日本は、幼児性を愛する希少な文化国です。
でも、幼児性を愛する文化に流されると、自分のアートや職業は成長しません。
面白いもん作っている人は、幼児のようで、大人で体系化された理論があり、
幼児性をコントロールしている人の方が多いです。
追求している自分が好き、ではなく、その先に行っている。

引退した中日ドラゴンズの落合監督が、

『最近の選手は野球が好きですからってよく言うけど、好き嫌いでやってる内はまだダメなのよ』

みたいな事を言った時、私、ポンんと膝を打ちました。

続いて監督は

『自分は、野球が好きとか嫌いとか考えた事ない、だって仕事だからプレーの質を上げるのは当然でしょ?プロなんだから、好きだから練習するとか、そういう問題じゃないんだよ』

ハイ、恐れ入りました。スポーツ・マンのなんと明快な事か。

他者愛の本質とはこの落合監督の言葉が表す様に、
其のモノと向かい合い続けるある種の『覚悟』であり
『継続した行動』じゃないんでしょうか

決して

『だって、私、今OOO超好きだから~ッ』的な

甘いモノでは無い様な気がします。
じゃなきゃ人を圧倒するプレーして、感動させる事なんか出来ないと思います。

自己愛型演劇ではなく
他者愛型演劇にしていく事で、総合芸術というアートの一部になれるのでしょうね。
一部になった時に初めて個のアートが認められるという複雑なジャンルです。
大変ですが、理論でも理解して、それでいて子供の様に純粋で自在でありましょう。

私も頑張りま~す。



2013年3月28日木曜日

Class on Blog 4 俳優の視点又は発想力という事

先ほど1STシーズンの詳細をFACEBOOKにUPしました。

クラス内容のグレードアップについてです。

今期からシーン・スタディとして〝古今東西の名作″における良いシーンを
教材として使って行こうと思います。

こう言うと、参加した事のある方達から
『えっ、今までもそうだったよね?」
という声が聞こえそうですが、違います。

追って説明に至りますが、まずは名作を教材として使用する意図から説明させて下さい。

意図は、参加俳優達の『視点』と『発想力』を拡げてもらうためです。
いつの時代も俳優という者ははややもすると自分の好きなモノ、向いているモノに流れがちです。
それは俳優という業種がアートだからです。
が、実際の俳優という職業は自分の好みだけでできるでしょうか?

答えは ノー です。

だって総合芸術だから。
だからプロフェッショナルな俳優達は、向いてない事にも
どうにか自分を対応させ、俳優としての幅を広げながら、
最終的には自分に合った役を勝ち得て行ったり・・・という道のりがあるわけですね。
(逆のパターンで、スターウォーズのルークやキャバレーのライザミネリのように
若いうちに完全な当たり役にはまってしまい抜けられなくなることもあります)

そして、最近の俳優の傾向として(これは俳優に限らずだと内田樹さんが言っていますが)
好きな映画、好きな舞台、好きな俳優の事はよく知っていても、それ以外の事となると

『?・・・・・・』

という事が多いのです。

自分の好きなものだけ食べ続けていたら、偏った身体になりますよね。
同じように、偏った演技をする俳優になります。
それが画家だったり、作家だったり、歌手だったりと、単体アーティストなら
まだ救われる可能性もありますが、
俳優というのは、作家と監督と演出とプロデュースの意図を組んで表現するという
大変アーティスティックからほど遠い職人的技術をまずは求められるのです。

ここまで書くと・・・偏食家ではやっていけない職業だという事が分かってきますね。

私は、ニューヨーク時代、劇団時代、またプロの仕事として、好き嫌いは置いといて、
それこそありとあらゆるタイプの芝居に出演し(せざるを得ない状況に追い込まれ)
多くの事を経験し学びました。

そして、自分への戒めとして常に脳裏に置き続けた言葉が・・・

『技術を習得したいのなら、自分のセンスはひとまず置いておく』
コレ、SYMBION参加者はわかると思います。
よく私が皆に言う事で、私の数々の痛烈な経験から生み出された言葉です。

それこそ、私だって嫌いなタイプの芝居に出演してる時などは、嫌で嫌でしょうがないんです。
人間ですから・・・
でも(特にプロで仕事をする場合は)一旦仕事を受けたらどんなヘボい仕事でも

『文句は言わない。愚痴もたれない。至って冷静にその場においてのクオリティを上げる。』

が私のモットーです。

その為に私はどんな現場でも、自分のアンテナを張りまくり、

『ただじゃ転ばねーぞ。相手の土俵に上げられても、俺は負けねーぞ
(俺が負けないって事は、俺の役が生きて、監督の作品が成功に導かれる一助になるから)』

と、苦手な事も克服してきたのです。

自分の技術力に余る脚本や演出に出会う時程喜ばしい事はありません。
それこそ発想力、視点の拡がりを感じさせてくれます。

でも、逆にダメな脚本、演出、共演者との仕事も・・・
ダメであるが故に私の視点や発想力は拡がり、
それが今や演出家としても脚本家としも武器になっているところもあるのです。

先日、ある年配参加者の人に

『どうしたら俳優に必要な発想力って身につくんですかね?
 っていうか、視点ってどうやったら広がるんですかね?』

その時は
『経験がモノを言うから、焦らずにやりな』と答えたんですが・・・
トレーナーとして観念的な答えをしている自分に嫌悪し、そこから数日、
自分の頭の中でシコシコと、具体的な「発想力」と「視点の拡がり」の導き方を模索しておりました。
で、出た答えが

『そうだ!俺がやってきたように色んな戯曲演じさせて、時には苦手な事もやらせよう』

でした。

今までとの違いがここでやっと説明できます。
というか、もうわかりますね。

答えです。

<<古今東西の名作には、難攻不落の脚本も含まれる>>
  例:シェークスピアや、ドイツ表現主義戯曲、ブレヒトの教育劇、フランスのコメディ、
    果てはミュージカル レ・ミゼラブルの歌詞=戯曲!まで。

これ、現代演劇の基礎とされるロシアのシステムを学ぼうとする時には
シェークスピアや欧州の戯曲または日本の歌舞伎等は様式的なので
今までは外されがちだったんです。
(もちろん、ロシアのシステムでマクベスやハムレット等をリアルに描いた演出は
 過去に多々ありますが、あくまでも教育の一貫としてはあまり使われなかったという事です)
というか、朗々とした美しい詩で構築された素晴らしい戯曲を
現代の人間のようにリアリズムを持って演ずるには
世の中の演技術はまだついてきていなかった。

だから、現代社会における、リアルな人間像を描いた
いわゆる『リアリズム台本』が、演技教材としては適していたのです。

教育現場での古今東西の名作は今まででの方向性で言うなら
『ガラスの動物園』『欲望という名の電車』や
『楡の木陰の欲望』や『人形の家』『かもめ』または
『男女七人夏物語』に至るまで
幅は広いけれど、あくまでも生活時空間が想像しやすい
現代の人間像を描いたものでした。

でも、SYMBIONの俳優、またはSYMBIONにこれから関わるであろう俳優に
更なるグローバルスタンダードを伝達するには、
リアリズムありきの表現主義=コンテンポラリーリアリズムを伝える段階に来ているのです。
(ブロードウェイでは今、マクベスが現代劇のような演出で上演されています。
 Three penny operaをやった俳優さんがマクベスをやっています。
 確か、イギリスの俳優だったかな。)
  


ワークショップは学びの場です。
今までシンビアンでキャリアを積んだ俳優達も失敗を恐れず改めて取り組んで下さい。

これからは各シーズン毎に取り組む戯曲を発表した上で参加を募ります。

そのテーマに興味がある人は元より
手だなと感じる人や、興味のないなと思っちゃった人達こそ
是非参加してもらいたいのです。

それが、視点と発想力を身につける為の確実かつ唯一の道だと
私は経験上確信するからです。

更なる飛躍を目指して下さい。


2013年3月27日水曜日

Class on Blog 3 スポーツと演劇

ワールドカップ出場はまだ先にお預けになりましたね。
サッカー日本代表は2-1アウェイでヨルダンに負けました・・・・

試合中は、次に何が起こるか判らないので
『ハラハラ、ドキドキ』
毎度、毎度トイレにも立てない状態になります。

・・・でいつも思うこと

『こんなお芝居や映画創れたら最高だなぁ・・・』

人間、次に何が起こるか判らないと集中のボルテージは一挙に上がります。
「勝つのか」「負けるのか?」「引き分けか?」
「どうなるんだ!」「「後一分!」「まだ時間はある・・・」
最後の最後までハラハラドキドキ。
2時間の観客の集中力たるや・・・演劇、映画でこの集中力はなかなか創れない。

なぜ映画、演劇でサッカーのような興奮状態を作り出すのが難しいかと言えば、
1、勝敗が明確ではない
2、芝居や映画は予め筋書きが決まっている。


1、に関しては解決のしようがありませんので、2、に関して考えていきたいと思います。

改めて・・・

・芝居や映画はあらかじめストーリーが決まっている。
・出て来るキャラクターも役者が演じているので本物じゃないと観客も知っている。

だから、創り手が油断すると、観客はすぐにトイレにたちたくなったり、お尻が痛くなったりしてしまうのです。

逆に言えば、そんなフェイクだらけのジャンルの中で

『ハラハラ、ドキドキ』させ

次に何が起こるか観客を興奮させ、集中させる事が出来れば、
それは喜劇・悲劇、新作・古典に関わらず名作!
で、イイ クリエイション 演技 
だと私は思っています。

私の大事な審美眼の一つです。

つまり今日のサッカー試合だったら

『日本は何度も敵ゴールを脅かすが、最終的にはヨルダンが勝つ』

とドラマ筋書きがあっても

選手を演じる役者達の演技によって、トイレに立てなくさせくれればOK!

そして誰もトイレにたたなかったら、クリエイターまたは俳優として勝ち点1!
みたいな感じで、上記の
〝1、勝敗が明確ではない″
に関しては自分的な処理をしてみたり。

まぁ、総合芸術なので色んな要素がうまく溶け合わないと
『ハラハラ、ドキドキ』を創る事は難しいのですが

そこで、今日の
Class on Blog!
演技に関して私がSYMBION参加者に、よく言う言葉を紹介します。

『物語って、一つの大きな嘘でしょ、でもその大きな嘘をつく為には、
 演技の一瞬一瞬が本当じゃなければ、お客さんは
 「アッ!これもともと絵空事なんだ」ってすぐサメちゃうの
 逆に言うとね、「もともとフィクションでしょ」と思って油断していたお客さんを
 その気にさせ、胃が痛くなるほど集中させてたら、俳優の勝ち。
 それには、リラックスはしても、楽なところでやってちゃダメな訳ですよ』

この心構え、本当に大事なことなんです。

サッカーの選手は一瞬一瞬、本気で全身全霊。

筋書きのないドラマを生き感動を人に与える訳です。

筋書きある我々も負けないように
つまらんエゴは横に置いといて、全身全霊演技して、チームプレーやらないと、
スポーツ以上の感動を人に与えるのはノッケから無理です。
根がフェイクですから。

我が亡き父の生業であった『プロレス』は限りなくお芝居に近いスポーツです。
そして、フェイクをフェイクとして、その上で人々を鼓舞、感動させる為に
日々の鍛錬を欠かさないのがレスラーなんです。

私はレスラーじゃなくてもお芝居に関わる人間になったという意味で二世です。

『ジョー樋口Jr』ですので、フェイクの中の感動を追求します。







2013年3月25日月曜日

ヒーロー症候群 in U.S.A

先日、『ゴッド・ブレス・アメリカ』という映画のDVDを観ました。
ヒーローに憧れたおっさんと少女のおバカなサブカル映画かなと思いきや、意外や意外、アメリカ社会に対しての批判がふんだんに込められた痛切なものでした。

以下、ほんの少しストーリーを・・・

上司からの突然のクビの宣告。

『君はクビだ』

『冗談でしょ?何で!?』

『受付の子との関係は・・・?』

『普通に仲が良い程度で・・・1度食事に行きましたけど・・・』

『花を送ったろ?何で花なんて送った?』

『彼女が元気なさそうだったから。』

『住所はどこで調べた?』

『会社で。』

『違法だろ。で、彼女はセクハラを訴えてきた。』

ちょっとファット(おデブ)な受付嬢がおどおどしている姿。

こうして11年勤めた会社をあっけなくクビになった主人公である普通のおっさん。

ひどい頭痛に襲われ病院で診察すると・・・
悪性脳腫瘍、末期の癌でもう助かる見込みはないとわかる。

妻とは別れ、一人娘は妻と共に新しい父親とうまくやっている。

話す相手もなく、絶望の中、TVをつけ、ベッドに横たわる。

ひどい頭痛に辟易しながら、生きる気力をなくした彼は・・・

口中に、銃をねじこむ。

ぼんやりとする意識の中、彼の目と耳が捉えたのは

『黒人野郎が大統領だぜ!!』

『ホームレスに放火した若者が動画を投稿』

聞こえてきたのは・・・刺激的な話題で人々を煽るTV番組だった。

ひたすら煽り続けて、刺激を与え続けて、そうしていつの間にか
人への思いやりなど全くなくなってしまった番組制作側と視聴者達。

     この世界は いつの間に---

     こんなにも腐ってしまったのか---

続けて番組が始まる

『私はクロエ、可愛くて人気者の高校生。』

わがままし放題のアメリカ人高校生のドキュメント!
誕生日プレゼントが〝キャデラック″じゃなかった事を怒りまくって
父親にF◎◎KF◎◎K言いまくり。
同級生達がインタビューに答える。

『彼女は最高!金持ちで可愛い!!』

最高の彼女が父親に言う

『パパなんてクソよ!!』

父親が言う

『彼女を不愉快にしてしまったのは私の責任だ・・・』

      絶望していた彼が口から銃を出す---

      死ぬべきバカは・・・俺じゃない!!!!

F◎◎Kな現実におっさんがブチ切れた。

きれたらおっさん超すごい。

TVで親にファックファック言ってた女子高校生をまずは・・・バン!!

目撃者の女子高生(撃たれた女子の同級生)は、おじさんに『最高最高!』ついてくる。

ここで中年男と高校性のロードムービースタート。

映画館にて・・・〝私語しまくり″〝携帯で喋りまくり″な上に
おっさんに対してポップコーン投げてきたヤツらを・・・バン!!バン!バン!

人種差別主義者に・・・バン!!

勘違いセレブに・・・バン!

下卑たTVに出るヤツ、作るやつ・・・バン!バン!!

駐車マナーの悪いやつ・・・バン!!


      世の中本当にバカだらけ---
      もっとたくさん死ぬべき人間がいるはずだ---


おっさんと女子高生の旅は終わらない!

      みんなまとめてぶち殺せ!!

      世直しロードショー全米縦断!!


と言ったストーリーに仕上がってます。

映画の良し悪しはさておいて・・・

見終わった後、細君が一言

『なまはげ』

『ん?』

『いや、このおっさん、なまはげだね』

『あぁ、東北のね。あぁ、そうね。アメリカらしいね。自らなまはげ』

『そうそう。歴史浅いからなまはげとかの民間伝承とか少ないじゃない?
 だから市民的なヒーローを求める気持ちが強いと言うか・・・』

『ふんふん、ちょっとそこんとこ詳しく言ってみて』

 
『子供達に伝えるべき倫理、道徳がイギリスやスペインのものであってはならない以上、
 独立精神、開拓者精神でいくと自らが世直しヒーローになるしかないと言うか・・・雑だけどね。』

ふむふむ、いやいや、コレはとても面白いご意見。で今日のお題はコレです。

“開拓者精神に始まる市民的ヒーロー”

細君の言った事を私もニューヨークにいる時、何度も肌で感じておりました。
一番の極めつけは、当時花形だった
『スペースシャトル開発』1号機が無事に地球に帰還したあくる日の
NEWYORK POSTのドデカイ見出し。

        『俺たちはソ連の100年先を行ったぜ!』 

地下鉄のニューススタンドでこの新聞見た時

        『ダメだ、この国、絶対戦争するわ』と思いました。

歴史が浅い上に、独立戦争以前の西洋の歴史はルーツとして認めない。
だってせっかくそこから独立したんだから。
ヨーロッパなんてくそくらえ!
伝統?ファック!
俺らにあるのは進化だけだぜ!ってな若気の至りが未だに続く
若く、活気溢れ、そして若いゆえに神経症にかかっているアメリカ。

過去を抹消した以上、先に進むしかこの国には未来なんてものはない。
温故知新なんてものはまだまだ甘い!
そんな事考えてるより、刺激と邁進!

そうして、戦争してみたり、たくさん原発輸出してみたり、宇宙開発してみたり、
スパイたくさん養成したり・・・
とにかくあらゆるジャンルで世界のトップへの君臨を目論み続けている。

進み続けていないと、人種のるつぼのアメリカはまとまらないからでしょうね。

だから大統領や政治家はその瞬間、瞬間、ヒーローでなくてはならないんです。

だってアメリカ国民の多くは(勿論、アメリカにも他国同様=日本同様マイノリティだけど、
賢者達はたくさんいますよ)自分のストレスを発散してくれるモデルタイプのヒーローを
求めているハングリーモンスターだから。

『お腹減った、お腹減った。次は何食べればいいの?』

『えっと・・・じゃぁ、戦争食べる?』

『おいしぃ~!!・・・あれ、お腹痛くなってきた・・・痛い時は何食べればいいの・・?』

『えっと・・・じゃぁ、黒人大統領とか食べる?』

『黒いものって身体に良いんだよね~!!苦っ!!これ焦げてない?』

ってな具合にハングリーモンスターはいつまでたっても満腹になりません。

話しが大きくなって長くなってきました。
ここらでひとまとめ。。。

アメリカは歴史や伝統のある国に比べ、まだまだ、若いこれからの国です。

国も人と同じでそれだけ年を重ねてくると、
その歴史の中に人々の理想となるような偉大な人間を何人も排出していきます。
日本で言えば戦国武将とか、幕末の人達とか、実在の人は元より、
各民族の神話や民話の中にまでアーキータイプは存在しています。
そして現代の私達は、自分の生活、悩みに応じて、英雄やヒーローをチョイスして
ハングリーと感じた時に好きな物を箸でつまべばイイ。

がしかし、アメリカの様に歳が若いと、まだまだ多くの人にとってフォークでつまみやすい
英雄やヒーローが足りない。
もしくは、あまりに最近の人物なので、ゴシップネタで地に落とされてしまう。
そうすると、遠い存在でなきゃいけないはずの英雄やヒーローに
共感など出来なくなってしまう=便利で美味しい食材ではなくなってしまうのです。

だから、次から次へとヒーローを作らないと、国民の四割が肥満の国のお腹は満たされず、
挙句の果てはヒーローではなく、普通の市民が、苦し紛れにヒーローにならざるを得ない
状況に陥ってしまう・・・

思えば名作『タクシードライバー』『狼よさらば』もこの主題でした。
きっとアメリカの人達の大きなテーマの一つなんでしょうね。

・・・おさらい・・・

今回の映画、ただのヒーローものではなく、
自分より死ぬべき人間がいて、誰も手をくださずにいるから
世の中どんどんひどくなる・・・と考えたおっさんが、一人撃ったら
世直し運動に歯止めがきかなくなったというお話。

アメリカ国家的神経症は、ヒーローを求めるのではなく、
市民からの病んだヒーローを排出してしまうのだ・・・

という社会風刺のサブカル映画でした。

『俺達に明日はない』
『バッファロー66』
様々な映画の背景が見え隠れしつつ、台詞は少々観念的でしたが・・・、

演者側と言えど、TVに関わってきた人間として、
思うところは多々あったりと、色々な意味で楽しめた映画でした。

ただ・・・そんなにおすすめという訳ではありません。









2013年3月23日土曜日

SYMBIONという小さな試み

2013.3.20.  SYMBIONのOPENHOUSEが開催されました。
多くの人達が参加してくれて、とても有意義なOPENHOUSEでした。

OPENHOUSEには内田ことッチーや、
4月3日の本番に向けて、制作・台本・出演をこなす岩瀬ことアッコをはじめとする
創成期の受講生達も忙しい中参加し、OPENHOUSE後の懇談会では
これからSYMBIONに参加する人達と一緒に楽しそうに歓談していました。

彼らの背中を観ながらSYMBIONの去年の活動が脳裏に甦りました。

9月、SYMBION制作の映画では中堅どころの那奈代がクオリティの高い演技を披露し、
11月、70歳を超えた八重子さんコト八重ちゃんはハリウッド映画『ウルヴァリン』で
     ヒュージャックマンと共演し、
12月、公演でそれまでどちらかと言えば地味な存在だった匡恵・・・ことマー坊が
     堂々と主役を果たし(!本当によく伸びてきたと思います)
今回のOPENHOUSEではいつも裏方をやってくれている広之が
        沙耶花と組んでシーンを披露し・・・ 
外部からは、天才ホテルの主催であり幾つもの事務所で講師をしている小林篤君や
        映画の蛯原やすひろ監督など・・・
        様々な現場で活躍するアーティスト達が忙しい中を塗って参加し
        今後更なる発展を試みようとしている・・・

                      『うんうん。』

      今年もまた何か新しい才能や動きが出て来る予感・・・

とまぁ、こんな感じでSYMBIONは進化発展している訳です。


そして、今回のOPENHOUSEにおいてとても『いなぁ・・・』と思える事がもう2つ。

        1、 世間一般的には上級レベルと言える俳優術を持ったッチー達と
               まだまだ演技のエの字も判らない新人達が
                『演技向上』の名の元、った事。
          2、リウッド映画『ウルヴァリン』でヒュージャックマンと共演した
                70歳を超えた重ちゃんが
              3度目のMOVIEコースに参戦する事!

               頭の下がるストイックさと探究心です。
         

外では、有名なプロの俳優達も仕事のない時には、
技を磨くためにワークショップに通い続けます。
それは『演技力』が萎えれば試合=本番(またはオーディション)には
勝てないと知ってるからです。

引き換え、本では有名になったらスゴロクの様に一丁上がりで、多くの人が自分の技術向上を考えない、または考えてもワークショップなんか通わない。
それは忙しいし、どこか倒だと感じるのでしょう。
彼らが忙しさにかまけてトレーニングを怠る原因は日本が芸術をおろそかにする国風だから。

NYで『60歳、俳優でウェイター』と言ったら
『すごいね!次は何に出るの?』と言うように、アーティストへのリスペクトがある。
それは、アートが社会に必要なものだという、
アーティストに対しての一つの敬意から来るものでしょう。

本で『60歳、俳優でホテルの配膳』と言ったら、
『・・・すごいですね・・・TVとかにも・・・出てるんですか・・・(いや、出てたらここにいないよな・・・)』
と言うように、アーティストへの哀れみが顕になる。
それは、アートは衣食住に入らず、社会に不必要なものだという
アーティストに対しての一つの差別から来るものでしょう。

意のない日本は、アートまでが資本の影響を多大に受けてしまっている。
芸術に冷たく、資本に優しい国だから、俳優も資本優先で、トレーニングにお金など
『もう払う立場ではない』とどこかで感じていってしまう。
これが国風であり、文化レベルの低さ、または極東JAPANのおおらかさなのでしょう。

SYMBIONでは若手も中堅も参もみんな自分の野心は野心として
まず、『演技』を見つめ続けています。
そして、それはこれからも続くでしょう。

 NY、ネイバーフットプレイハウスのイズナーにあるインタビューアが聞きました。
『俳優になりたいと言ってくる野心だらけのモンスター達を
 どうやって、真にトレインされた俳優にしていくのですか?』

この答えは、SYMBIONのワークショップ(または、優れた演劇書物の中)にあります。

演技の良し悪しより、誰がどれだけ有名か無名かで動く能界。
(文句を言ってるのではありませんよ、ショービジネスはそういうものです)

変わり種の私が俳優として多大なお仕事頂けた事、
また今でも頂けてる事をはいつも感謝して止まないのですが、
私はTVや映画や舞台で役を務めもそれだけじゃ未だに満足が出来ません。

『何か足りないなぁ・・・何だ?何か他に・・・自分に出来る事って何よ?』


と自問自答の末、11年前SYMBIONを発想して本当良かったと思います。

最初は私の頭の中の小さなアイデアだったSYMBIONが、
今や多くの人が関わって現実の存在として活動を続けています。

SYMBIONは『演技向上の為の集いであり、俳優の長を促す活動体』です。

金銭的には自分の俳優部分のギャラを横流しして支えているようなび舎だけれど
続けられる限りは続けていくべきだなと改めて感じました。

 
これからも・・・DO THE RIGHT THING WHAT I BELIEVE!!