15日、日本代表は負けました・・・
ヒグチは取り立ててサッカーファンではありませんが、
『日本代表』の試合だけはよく観ます。
何故なら、彼らが『日本代表』そして『世界の代表』だからです。
貧しい国、富める国、世界中の物凄い人数のサッカー少年達の中から
選りすぐられ、振るいにかけられ、頂点に立っているのが彼ら。
(他のスポーツでもそうですが、サッカーは特に裾野が広い)
これはもう並大抵の事ではありません。
超人的な才能・努力は勿論のこと、『運』も味方に付けなきゃいけないし
サッカーの為に人生における多くの事を犠牲にしなければ
『代表』にはなれないでしょう。
ワールドカップは見方を変えれば、
世界中の才能と運に恵まれた奴らが
同じルールの元にどちらがより才能と運に恵まれてるかを
競う大会だと言っても過言ではありません。
世界中の選りすぐりの人間達。
神の如き高みに上がった者達による闘い・・・
サッカーゲームと言うより、
人生を賭し、神託を待っている
代表選手という神官の宗教的儀式を見ている様で
ヒグチはいつも見ていても、
楽しむというより、何故か敬虔な気持ちになります。
同じように、見ていて
無条件に敬虔な気持ちにさせてくれる
映画や演劇には、生涯数えるぐらいしか
お目に掛かっておりません。
汗をかいて、ぎりぎりのところで勝負してる選手の顔の後に
CFでカッコつけてる俳優の顔などが画面に映ると
『チャラ・・・』と思うのはヒグチだけでしょうか?
2014年6月17日火曜日
2014年6月10日火曜日
AKB総選挙・・・
滅多にTVを観ないヒグチが雨で予定が流れて、
何となくチャンネルひねったら『AKB総選挙』
『何じゃこりぁ??』って感じで暫しぼーと画面を眺める。
ブラウン管の中には、
熱を込めてファンにお礼を述べる一位の『マユユ?』
雨天、濡れるのもはばからず熱狂する何万人ものファンの群れ・・・
一体AKBの女の子達は何を努力して一位まで駆け上がるのでしょう?
歌も踊りも下手。LOOKSだってまぁ人並み(ヒグチにはそう見えます)
彼女達が努力しているのは主にファン・サービス
つまりファンに如何に媚を売ってCD買ってもらい
『投票券』で自分に投票してもらうかですよね?
日本のテレビは80年代辺りから、
素人や一般人の人が出演する番組が視聴率を取り
どんどん一般人と芸能人の差異がなくなり
好感度などという言葉が生まれ
本来、毒のある芸能人も、どんどんテレビの枠の中で
毒を抜かれ、一般人と変わりなくなり
今やFACEBOOKなど見ると『一億総芸能人気どり』
『いいね』『いいね=好感度』の花盛り
芸能人と言うのは、読んで字のごとく『芸に能力がある人』です。
その昔より、特殊な技能を有するモノは『異形』とされ
畏敬の念を抱かれたり、時に疎まれたりしながらも
『怖いモノ見たさ』で人はファンになる。
ヒグチにはそれが正当なファンの掴み方である様な気がします。
しかして、芸は二の次三の次、
ファン・サービスだけで成り立っているのがAKB現象。
言い方は悪いですが、程の良いキャバクラのねーちゃんのグランプリを
メインのテレビ局のしかもゴールデンタイムの時間に
大の大人が一緒になって戦々恐々とやってる訳ですよ全国に向かって
コレ、世界広しといえど日本固有の独自の文化?だと思います。
それもかなり極まった感じの。
昔ニューヨークから帰国した当時に田原俊彦が
『ニンジン娘』という曲をオーバーオール着ながらTVで歌っている姿を観て
『凄いな日本って素人さんが歌番組で歌うようになったんだ』と友人に言ったら
『えっ?今その子が一番人気があるアイドルだよ』って言われた時
あんぐり口を開けたのを思い出しました。
簡単、お手軽なコンビニ弁当には
酸化防止剤やら、カラメル色素から、身体に悪いものたくさん入っています。
手軽で手の届きそうなアイドル。
お金で買える選挙権(投票権)
順位を上げるための応援という狂乱な中には
何が入ってるんでしょうね?
何となくチャンネルひねったら『AKB総選挙』
『何じゃこりぁ??』って感じで暫しぼーと画面を眺める。
ブラウン管の中には、
熱を込めてファンにお礼を述べる一位の『マユユ?』
雨天、濡れるのもはばからず熱狂する何万人ものファンの群れ・・・
一体AKBの女の子達は何を努力して一位まで駆け上がるのでしょう?
歌も踊りも下手。LOOKSだってまぁ人並み(ヒグチにはそう見えます)
彼女達が努力しているのは主にファン・サービス
つまりファンに如何に媚を売ってCD買ってもらい
『投票券』で自分に投票してもらうかですよね?
日本のテレビは80年代辺りから、
素人や一般人の人が出演する番組が視聴率を取り
どんどん一般人と芸能人の差異がなくなり
好感度などという言葉が生まれ
本来、毒のある芸能人も、どんどんテレビの枠の中で
毒を抜かれ、一般人と変わりなくなり
今やFACEBOOKなど見ると『一億総芸能人気どり』
『いいね』『いいね=好感度』の花盛り
芸能人と言うのは、読んで字のごとく『芸に能力がある人』です。
その昔より、特殊な技能を有するモノは『異形』とされ
畏敬の念を抱かれたり、時に疎まれたりしながらも
『怖いモノ見たさ』で人はファンになる。
ヒグチにはそれが正当なファンの掴み方である様な気がします。
しかして、芸は二の次三の次、
ファン・サービスだけで成り立っているのがAKB現象。
言い方は悪いですが、程の良いキャバクラのねーちゃんのグランプリを
メインのテレビ局のしかもゴールデンタイムの時間に
大の大人が一緒になって戦々恐々とやってる訳ですよ全国に向かって
コレ、世界広しといえど日本固有の独自の文化?だと思います。
それもかなり極まった感じの。
昔ニューヨークから帰国した当時に田原俊彦が
『ニンジン娘』という曲をオーバーオール着ながらTVで歌っている姿を観て
『凄いな日本って素人さんが歌番組で歌うようになったんだ』と友人に言ったら
『えっ?今その子が一番人気があるアイドルだよ』って言われた時
あんぐり口を開けたのを思い出しました。
簡単、お手軽なコンビニ弁当には
酸化防止剤やら、カラメル色素から、身体に悪いものたくさん入っています。
手軽で手の届きそうなアイドル。
お金で買える選挙権(投票権)
順位を上げるための応援という狂乱な中には
何が入ってるんでしょうね?
2014年6月2日月曜日
昔のことは、思わず、語らず、考えず。
今年は過去にヒグチが書いたものが、其処此処で上演されます。
先日の『楽園の東』に続いて、今日は一昨年、SYMBIONのSTAGEコースの為に
書き下ろした『RATRUN』の舞台公演を観に行きました。
作品が、一旦自分の手を離れ、人手に渡ってしまえば
『このオモチャがお気に召した?そうですか、それはそれは、
じゃせいぜい、楽しんで遊んでやって下さい』
というのがヒグチの基本的スタンスなので、
出来に関しても良かろうが悪かろうが、
今はもう、とやかく思わなくなりました。
何故かと言えば、今日の主題。
ヒグチの『やった事はすぐ忘れる』タチです。
本日の公演にしても『へえ~、俺、こんな事書いていたんだ・・・』ってな感じで
いたって自作に対しても淡白です。
時折、人から『何故?愛着ないの?』と問われますが
『だってもう終わった事だからね』といつもお答えしてます。
勿論、その作品の創造の過程では100%集中しますが
終わってしまえば『ハイ、それまでよ』で
すぐ『NEXT!』となります。
よく公演が終わってから公演のDVDを観たり、
俳優にしても友人などが家に遊びに来ると
すぐに自分の出た作品のDVDを見せたがる人達がいますが、
ヒグチには、まったくそういう趣味はありません。
(私実は、このタイプの人がひどく苦手で、多くの場合DVD上演が始まってから
一時間以内にそのお宅を失礼します)
悲観的な人は未来を憂いて、過去を思いますが、
楽観的な人(ヒグチも)の基本的構えは
『昨日より今日、今日より明日の方が面白いことあるんじゃない~』ですから。
『川は流れるから川であって、留まれば池となり、やがてそれは泥沼となる』
世の中そこら中にありますよね泥沼・・・
今、とりあえず仕事的に楽しみなのは、
6月4日から始まる2NDシーズンのクラスと
MOVIEコースの人達と夏にお寺で撮影する短編映画。
それから、夏に書き下ろす予定の
依頼されている映画の脚本ですかね。
元気で先があるというのは本当にありがたい事です。
と和尚さんの閑話の様な締めになりました。
(このブログ、ウィークリーで書けるといいのですが・・・)
先日の『楽園の東』に続いて、今日は一昨年、SYMBIONのSTAGEコースの為に
書き下ろした『RATRUN』の舞台公演を観に行きました。
作品が、一旦自分の手を離れ、人手に渡ってしまえば
『このオモチャがお気に召した?そうですか、それはそれは、
じゃせいぜい、楽しんで遊んでやって下さい』
というのがヒグチの基本的スタンスなので、
出来に関しても良かろうが悪かろうが、
今はもう、とやかく思わなくなりました。
何故かと言えば、今日の主題。
ヒグチの『やった事はすぐ忘れる』タチです。
本日の公演にしても『へえ~、俺、こんな事書いていたんだ・・・』ってな感じで
いたって自作に対しても淡白です。
時折、人から『何故?愛着ないの?』と問われますが
『だってもう終わった事だからね』といつもお答えしてます。
勿論、その作品の創造の過程では100%集中しますが
終わってしまえば『ハイ、それまでよ』で
すぐ『NEXT!』となります。
よく公演が終わってから公演のDVDを観たり、
俳優にしても友人などが家に遊びに来ると
すぐに自分の出た作品のDVDを見せたがる人達がいますが、
ヒグチには、まったくそういう趣味はありません。
(私実は、このタイプの人がひどく苦手で、多くの場合DVD上演が始まってから
一時間以内にそのお宅を失礼します)
悲観的な人は未来を憂いて、過去を思いますが、
楽観的な人(ヒグチも)の基本的構えは
『昨日より今日、今日より明日の方が面白いことあるんじゃない~』ですから。
『川は流れるから川であって、留まれば池となり、やがてそれは泥沼となる』
世の中そこら中にありますよね泥沼・・・
今、とりあえず仕事的に楽しみなのは、
6月4日から始まる2NDシーズンのクラスと
MOVIEコースの人達と夏にお寺で撮影する短編映画。
それから、夏に書き下ろす予定の
依頼されている映画の脚本ですかね。
元気で先があるというのは本当にありがたい事です。
と和尚さんの閑話の様な締めになりました。
(このブログ、ウィークリーで書けるといいのですが・・・)
2014年5月26日月曜日
修行というモノ
最後にこのブログを書いてからもう9ヶ月も経ってしまいました。
当初はなるべく頻繁にと思ったものの、他に書きモノの仕事が入ってくると後回しとなり
あっという間に時は経つという感じです。
まあ、五十も半ばを迎えると、この先何をするかより、どうやって無駄なことを省いて必要な事
だけを残された時間の中で効率よくこなすかという事が命題になってきたりもします。
しかして、今日のお題の『修行』です。
最近、ヒグチは日本の思想家にして武道家、今や出版する本は必ずヒットする日本の頭脳
『内田樹』氏の思想に深く傾向して、尊敬申し上げておりますが、氏が先頃『修行論』という
本を執筆なされ拝読し、『う~ん』とまた唸った次第です。
以下本文引用
『修行というものは非合理的なものである。達成目標と、現在していることの間の意味の連関
が、開示されないからである。「こんなことを何のためにするんですか?コレをやるとどういう風に芸が上達するんですか?」という問いに回答が与えられないのが、修行のルールである』
『修行とは、長期にわたる「意味のわからないルーティン」の反復のことである』
コレ、わかりますね。ヒグチも若い頃ニューヨークの演劇学校でエクセサイズやらされながら
「コレがなんで演技に役立つの??」ってずっと疑問でした。
やっと理解したのはプロになって仕事を始めてから。
今老体に鞭打って日々柔術の稽古に通っていても「技の反復」
コレ以外に上達の路はないと体で感じます。
考えてやっている内はまだまだダメです。
その「技」ひとつひとつが潜在意識に落ちて自動的に出てくるようでなければ
習得したとは言えないのです。
演技で言えば演者の意図や頑張りが観客に見えている様では
まだ半人前というところでしょうか・・・・
内田氏は他の本でこんな事も書いてます。
市場原理主義が横行してから、教育の場の生徒達も「消費者」となり、
「時間と金かけてるんだから何してくれるの?」という
「学び」の態度崩壊が起こっていると。
「学び」という事に関しては幾つになっても
謙虚にいたいものです。
簡単には「わからない」「出来ない」から「修行」なんです。
人に少しばかり褒められて
「やれてる」と慢心すれば成長は止まります。
当初はなるべく頻繁にと思ったものの、他に書きモノの仕事が入ってくると後回しとなり
あっという間に時は経つという感じです。
まあ、五十も半ばを迎えると、この先何をするかより、どうやって無駄なことを省いて必要な事
だけを残された時間の中で効率よくこなすかという事が命題になってきたりもします。
しかして、今日のお題の『修行』です。
最近、ヒグチは日本の思想家にして武道家、今や出版する本は必ずヒットする日本の頭脳
『内田樹』氏の思想に深く傾向して、尊敬申し上げておりますが、氏が先頃『修行論』という
本を執筆なされ拝読し、『う~ん』とまた唸った次第です。
以下本文引用
『修行というものは非合理的なものである。達成目標と、現在していることの間の意味の連関
が、開示されないからである。「こんなことを何のためにするんですか?コレをやるとどういう風に芸が上達するんですか?」という問いに回答が与えられないのが、修行のルールである』
『修行とは、長期にわたる「意味のわからないルーティン」の反復のことである』
コレ、わかりますね。ヒグチも若い頃ニューヨークの演劇学校でエクセサイズやらされながら
「コレがなんで演技に役立つの??」ってずっと疑問でした。
やっと理解したのはプロになって仕事を始めてから。
今老体に鞭打って日々柔術の稽古に通っていても「技の反復」
コレ以外に上達の路はないと体で感じます。
考えてやっている内はまだまだダメです。
その「技」ひとつひとつが潜在意識に落ちて自動的に出てくるようでなければ
習得したとは言えないのです。
演技で言えば演者の意図や頑張りが観客に見えている様では
まだ半人前というところでしょうか・・・・
内田氏は他の本でこんな事も書いてます。
市場原理主義が横行してから、教育の場の生徒達も「消費者」となり、
「時間と金かけてるんだから何してくれるの?」という
「学び」の態度崩壊が起こっていると。
「学び」という事に関しては幾つになっても
謙虚にいたいものです。
簡単には「わからない」「出来ない」から「修行」なんです。
人に少しばかり褒められて
「やれてる」と慢心すれば成長は止まります。
2013年8月23日金曜日
『晴れわたる空』 クランク・アップ!
昨日、本年度のSYMBION映像作品 『晴れわたる空』 がクランク・アップしました。
今までのSYMBION活動では、代表という立場上、
色々な事に気を使いながらの創作活動だった為
脚本は元より、演出・監督もナカナカ思うようには専念出来なかったのですが
それではSYMBIONに集う人達にも申し訳ないと自らの意識を改革し
『映像や舞台ってこんな感じですよ』的な作品創りではなく
限られた予算や日程や諸条件の中でも最良の作品を創る姿勢が
SYMBIONという演技術の道場に集う人達にも最良の教育だと思い
経験の足りない人にも容赦はせず、私自身が長いプロ生活で経験してきた創作現場のあり方
をSYMBIONの内部にも創り出そうと去年年末の公演辺りから改革を始めました。
そして今回の撮影現場は見事に今までの創作現場とは一味違う
プロの人達が観ても恥ずかしくない良い現場となりました。
まあ、それはそれなりにカット数も多かったし、現場は常にピリピリしていましたが
それでいいんです。創作活動はサークル活動ではないんですから
ジョージ・ルーカスが20年ぶりに『スター・ウォーズ』を再開するにあたって
脚本を執筆している時にインタビューにこう答えてました。
『僕の頭の中の小さなイメージが現実と成る為には、僕の家のベビーシッターを初め
多くの人の働きや努力がこの作品を現実のものとするんです』
これ、今回本当に感じました。
まずは細君が私の体力維持の為に毎朝の生搾りジュースや、
栄養管理を考えた食事メニューを用意してくれた事に始まり
アシスタントの所が公演の終わった、あくる朝から助監として参加してくれたり
プロの仕事もしているマフィーこと宮川がやはり助監として参加してくれて
撮影監督の蛯原氏が感心するぐらいの素晴らしい働きをしてくれたり
役者達もサークル活動的な雰囲気は一切なく、一丸となって文字通り寝食を共にして
作品の向上の為に演技以外にも自らを賭し、甘えを排除した撮影の3日間を過ごしました。
そして何より場所を提供してくれた細君の長年のご友人である加納さんのお父さんやお母さんが
お二人ともアーティストで今回の創作に多大なるご協力をして下さった事です。
そんな感じで、チームプレイの映画や演劇において、
脚本や監督・演出は皆が担いでくれる神輿に乗らなきゃ本当の創作は出来ないな
と、痛感した3日間でした。
代表だからと、皆に気を使っていてはダメなんです。
私は思う存分、監督出来ました。
皆さん有難う。
今までのSYMBION活動では、代表という立場上、
色々な事に気を使いながらの創作活動だった為
脚本は元より、演出・監督もナカナカ思うようには専念出来なかったのですが
それではSYMBIONに集う人達にも申し訳ないと自らの意識を改革し
『映像や舞台ってこんな感じですよ』的な作品創りではなく
限られた予算や日程や諸条件の中でも最良の作品を創る姿勢が
SYMBIONという演技術の道場に集う人達にも最良の教育だと思い
経験の足りない人にも容赦はせず、私自身が長いプロ生活で経験してきた創作現場のあり方
をSYMBIONの内部にも創り出そうと去年年末の公演辺りから改革を始めました。
そして今回の撮影現場は見事に今までの創作現場とは一味違う
プロの人達が観ても恥ずかしくない良い現場となりました。
まあ、それはそれなりにカット数も多かったし、現場は常にピリピリしていましたが
それでいいんです。創作活動はサークル活動ではないんですから
ジョージ・ルーカスが20年ぶりに『スター・ウォーズ』を再開するにあたって
脚本を執筆している時にインタビューにこう答えてました。
『僕の頭の中の小さなイメージが現実と成る為には、僕の家のベビーシッターを初め
多くの人の働きや努力がこの作品を現実のものとするんです』
これ、今回本当に感じました。
まずは細君が私の体力維持の為に毎朝の生搾りジュースや、
栄養管理を考えた食事メニューを用意してくれた事に始まり
アシスタントの所が公演の終わった、あくる朝から助監として参加してくれたり
プロの仕事もしているマフィーこと宮川がやはり助監として参加してくれて
撮影監督の蛯原氏が感心するぐらいの素晴らしい働きをしてくれたり
役者達もサークル活動的な雰囲気は一切なく、一丸となって文字通り寝食を共にして
作品の向上の為に演技以外にも自らを賭し、甘えを排除した撮影の3日間を過ごしました。
そして何より場所を提供してくれた細君の長年のご友人である加納さんのお父さんやお母さんが
お二人ともアーティストで今回の創作に多大なるご協力をして下さった事です。
そんな感じで、チームプレイの映画や演劇において、
脚本や監督・演出は皆が担いでくれる神輿に乗らなきゃ本当の創作は出来ないな
と、痛感した3日間でした。
代表だからと、皆に気を使っていてはダメなんです。
私は思う存分、監督出来ました。
皆さん有難う。
2013年7月5日金曜日
執筆筋力という事
早いもので最後にブログを書いてから、
もう一ヶ月も過ぎてしまいました。
ひと月前までは、ほぼ日刊の形で演技に関することや
世情に関して書いていた訳です。
このひと月はブログを書きたくても脚本の仕事が重なり、
とにかく毎日ひたすら書かねばという生活が続き、
私の執筆筋力はフル活動をしておりました。
そして今もまだその生活が続いています。
私は演技のトレーニングをスポーツトレーニングと同じ
と捉えています。
身体と頭とハートを俳優仕様に作り変える作業。
演技筋力の強化と維持
これらはスポーツのトレーニングと
何ら変わりはありません。
ただ俳優の場合、スポーツの様に勝敗や数字
などで具体的な能力を提示されないので判りにくいのです。
有名・無名、人気のあるないは
演技能力とは関係ない場合が多いのは
皆さん承知の事実ですが・・・
で、書くという事もまた然り。
およそ書く事を職業とする人達は
日々その執筆筋力を強化・維持しなくてはならない。
ですから、私は必ず一日に少しでもいいから
何か書くという行為を通して執筆筋力の
マッスルワークをし続けている訳で、
その一つとしてこのブログもあります。
いわば私の執筆における道場ですね。
余談ですが、現在私が執筆している
メジャー映画の監督が
ミーティングで始めて私を見た時
『こいつ絶対脚本家じゃねぇよ…なんでこんなにマッチョなんだ?
気まじぃ…絶対、こいつ映画とか見てねぇよ…スタローンとかしか見てねぇよ…
ロッキー書くなら別行ってくれよ…まじかよ…
脚本について口論になったら…俺、殴って分からせたりしないとなんだろな…
でも、絶対やられる…俺…一発でやられるわ、マジ…』
と思ったらしい。
ハイ、私は柔術を通して本当の筋力トレーニングも欠かしませんので。
(もちろん、ロケハン2泊3日を共に過ごした中で、
私の執筆能力も、映画に対する洞察力にも敬意を表して頂きました。)
日本は本当に文化系=運動音痴 体育会系=頭の中筋肉
のイメージが強いですね。
アメリカなんかだとヘミングウェイもデカイくアウトドアだし、
私の好きな短編作家 レイモンド・カバーもデカイ。
『ガープの世界』を書いた作家なんか元アマレスの選手で
自宅に練習場持っていたらしい・・・
アメリカ文学の影響を受けている村上春樹は小さい人で痩せてるけど
自他共に認めるランナー。
身体性と精神性が反比例するなどという
日本の古い価値観念を打破すべく
私はこれからもマッチョな作家であり続けます。
そう言えば三島由紀夫も晩年ボディビルやってたっけ・・・
もう一ヶ月も過ぎてしまいました。
ひと月前までは、ほぼ日刊の形で演技に関することや
世情に関して書いていた訳です。
このひと月はブログを書きたくても脚本の仕事が重なり、
とにかく毎日ひたすら書かねばという生活が続き、
私の執筆筋力はフル活動をしておりました。
そして今もまだその生活が続いています。
私は演技のトレーニングをスポーツトレーニングと同じ
と捉えています。
身体と頭とハートを俳優仕様に作り変える作業。
演技筋力の強化と維持
これらはスポーツのトレーニングと
何ら変わりはありません。
ただ俳優の場合、スポーツの様に勝敗や数字
などで具体的な能力を提示されないので判りにくいのです。
有名・無名、人気のあるないは
演技能力とは関係ない場合が多いのは
皆さん承知の事実ですが・・・
で、書くという事もまた然り。
およそ書く事を職業とする人達は
日々その執筆筋力を強化・維持しなくてはならない。
ですから、私は必ず一日に少しでもいいから
何か書くという行為を通して執筆筋力の
マッスルワークをし続けている訳で、
その一つとしてこのブログもあります。
いわば私の執筆における道場ですね。
余談ですが、現在私が執筆している
メジャー映画の監督が
ミーティングで始めて私を見た時
『こいつ絶対脚本家じゃねぇよ…なんでこんなにマッチョなんだ?
気まじぃ…絶対、こいつ映画とか見てねぇよ…スタローンとかしか見てねぇよ…
ロッキー書くなら別行ってくれよ…まじかよ…
脚本について口論になったら…俺、殴って分からせたりしないとなんだろな…
でも、絶対やられる…俺…一発でやられるわ、マジ…』
と思ったらしい。
ハイ、私は柔術を通して本当の筋力トレーニングも欠かしませんので。
(もちろん、ロケハン2泊3日を共に過ごした中で、
私の執筆能力も、映画に対する洞察力にも敬意を表して頂きました。)
日本は本当に文化系=運動音痴 体育会系=頭の中筋肉
のイメージが強いですね。
アメリカなんかだとヘミングウェイもデカイくアウトドアだし、
私の好きな短編作家 レイモンド・カバーもデカイ。
『ガープの世界』を書いた作家なんか元アマレスの選手で
自宅に練習場持っていたらしい・・・
アメリカ文学の影響を受けている村上春樹は小さい人で痩せてるけど
自他共に認めるランナー。
身体性と精神性が反比例するなどという
日本の古い価値観念を打破すべく
私はこれからもマッチョな作家であり続けます。
そう言えば三島由紀夫も晩年ボディビルやってたっけ・・・
2013年6月7日金曜日
呼ばれて飛び出る日本人体質
『奇跡の林檎』という映画が上映されるようです。
ノンフィクション、ドキュメントドラマに近い映画のようで、
木村さんという青森の林檎農家の方がモデルになっています。
今日、木村さんのインタビューを見ました。
木村さんは " 奥さんが農薬に対して弱く、皮膚がただれたりする " 事を可哀想に思い
無農薬の林檎を作ろうと一念発起。
しかし現在の林檎は色々と品種改良されていて、農薬なしでは害虫がつき栽培が難しい。
無農薬にした途端、害虫にまみれ、花が咲く事はなく、
収益があがらない為、借金は増える一方。
様々な事情から村八分状態。道で人に会っても挨拶もされず、
『木村はそのうち自分の林檎の木に首括って死ぬぞ』
と言った陰口までたたかれ、
一時は死をも考えるまでに至り…やっと主たる原因"土の中"に目覚めます。
新しい農法を試して苦節十一年。木村さんのリンゴの木は待望の花を咲かせました。
今では注文が殺到、木村さんの農法を学びたいという人達もいるそうです。
Q)さてここで問題です。
農薬を使わない、人にも地球にも優しい林檎を作ろうとした木村さんは
何故村八分になったのでしょうか?
えっ?あぁ、皆さんよく日本人を理解していますね。
そうです。
『日本人体質』です。
日本人は概して『維持』を好んで『変化』を好まないという所があります。
ツルむ事で安心を得ている為、変化しょうとする人間を憎悪したりします。
憎悪というのはオーバーに聞こえるかもしれませんが、
人は自分の安心と安定の維持を妨害する者や、自分の利益に損失を与えるような者は
憎悪し、攻撃してく事が多々あります、ポリシーなき拝資本主義体質の方達は特に。
現状が危機的状況にある時は変化に向けて進もうとする人間を受け入れても
現状が安定している場合、変化に向けて進もうとする人間は拒否される。
木村さんのケースで言えば
『農薬使って、美味しい林檎がたくさん採れてるのに余計な事しやがって』
っという具合に、日本のここかしこでよく見聞きする現象です。
現状を維持する事にしかフォーカスのない人間は、ハッキリ言ってそこ止まりです。
自己保存本能だけが働いていて先が見えていない、というか見える能力がない。
でも変化する人間は、本人が意識しているしていないに関わらず、
より良い未来を見ようとしているし、どんなに犠牲を払ってもそれに向かって行動する。
私が今までお付き合いさせて頂いた一流のアーティストやプレイヤーの人達も然り、
常に『変化』を求めていました。
そんな人達を友人達が
『凄いね、あの人ぐらい有名で、お金も持ってるとああなれるんだね』
ってな事を言うと
私は決まって
『違うよ、ああいう人間だから一流になるんだよ』
といつも応えてました。
私はその人達みたいに地位も金も(はたまた才能も)大してある人間ではありませんから
少しでも『変化』について語り始めると、村八分にこそなりませんが
そりゃもう風あたりが強くなります。
『いいじゃない、今のままで』
『上手く行ってるのに何が不満なの?』
『維持することも大事なんだから』等など
私にとって現状がいくら上手く行っていても、
その『維持』だけに生きることは苦痛です。
人間は宇宙や他の生命と同じ様にこの世界を守り、存続させる為の進化・発展を
余儀なくされていると思ってますから。
だからいつも『変化』とはお友達。
『変化』を恐れないし、『変化』しょうとする人を恐れる事もない。
だから提案です。
どうぞ皆さん、周りに現状が上手く行っていても
『変化』しょう、させようとトライしてる人が居たら
受け入れなくてもいいから、憎んだり、コケにしたりしないであげて下さい。
もしかしたら、その人達はあなたがまだ見えないものが見えている人かも知れませんから。
木村さんの風貌は60代にも関わらず、すでに80代と思えるような
深いシワが顔に刻まれています。
歯のないその口元を子供の様にほころばせながら
『私がエライんじゃない、私の周りにいた家族が偉かった』
と苦労した十年を共に耐えた家族を敬う言葉がその口からは発せられました。
木村さんが確立した無農薬・無施肥の栽培方法は不可能とされてきたことで
弘前大学の杉山修一氏に『おそらく世界で初めての事』と評されているそうで、
日本人体質のいい所は『和』チームワーク、みんなが習って世界に冠たる
『無農薬農業大国』になったら素敵だなぁ・・・
ノンフィクション、ドキュメントドラマに近い映画のようで、
木村さんという青森の林檎農家の方がモデルになっています。
今日、木村さんのインタビューを見ました。
木村さんは " 奥さんが農薬に対して弱く、皮膚がただれたりする " 事を可哀想に思い
無農薬の林檎を作ろうと一念発起。
しかし現在の林檎は色々と品種改良されていて、農薬なしでは害虫がつき栽培が難しい。
無農薬にした途端、害虫にまみれ、花が咲く事はなく、
収益があがらない為、借金は増える一方。
様々な事情から村八分状態。道で人に会っても挨拶もされず、
『木村はそのうち自分の林檎の木に首括って死ぬぞ』
と言った陰口までたたかれ、
一時は死をも考えるまでに至り…やっと主たる原因"土の中"に目覚めます。
新しい農法を試して苦節十一年。木村さんのリンゴの木は待望の花を咲かせました。
今では注文が殺到、木村さんの農法を学びたいという人達もいるそうです。
Q)さてここで問題です。
農薬を使わない、人にも地球にも優しい林檎を作ろうとした木村さんは
何故村八分になったのでしょうか?
えっ?あぁ、皆さんよく日本人を理解していますね。
そうです。
『日本人体質』です。
日本人は概して『維持』を好んで『変化』を好まないという所があります。
ツルむ事で安心を得ている為、変化しょうとする人間を憎悪したりします。
憎悪というのはオーバーに聞こえるかもしれませんが、
人は自分の安心と安定の維持を妨害する者や、自分の利益に損失を与えるような者は
憎悪し、攻撃してく事が多々あります、ポリシーなき拝資本主義体質の方達は特に。
現状が危機的状況にある時は変化に向けて進もうとする人間を受け入れても
現状が安定している場合、変化に向けて進もうとする人間は拒否される。
木村さんのケースで言えば
『農薬使って、美味しい林檎がたくさん採れてるのに余計な事しやがって』
っという具合に、日本のここかしこでよく見聞きする現象です。
現状を維持する事にしかフォーカスのない人間は、ハッキリ言ってそこ止まりです。
自己保存本能だけが働いていて先が見えていない、というか見える能力がない。
でも変化する人間は、本人が意識しているしていないに関わらず、
より良い未来を見ようとしているし、どんなに犠牲を払ってもそれに向かって行動する。
私が今までお付き合いさせて頂いた一流のアーティストやプレイヤーの人達も然り、
常に『変化』を求めていました。
そんな人達を友人達が
『凄いね、あの人ぐらい有名で、お金も持ってるとああなれるんだね』
ってな事を言うと
私は決まって
『違うよ、ああいう人間だから一流になるんだよ』
といつも応えてました。
私はその人達みたいに地位も金も(はたまた才能も)大してある人間ではありませんから
少しでも『変化』について語り始めると、村八分にこそなりませんが
そりゃもう風あたりが強くなります。
『いいじゃない、今のままで』
『上手く行ってるのに何が不満なの?』
『維持することも大事なんだから』等など
私にとって現状がいくら上手く行っていても、
その『維持』だけに生きることは苦痛です。
人間は宇宙や他の生命と同じ様にこの世界を守り、存続させる為の進化・発展を
余儀なくされていると思ってますから。
だからいつも『変化』とはお友達。
『変化』を恐れないし、『変化』しょうとする人を恐れる事もない。
だから提案です。
どうぞ皆さん、周りに現状が上手く行っていても
『変化』しょう、させようとトライしてる人が居たら
受け入れなくてもいいから、憎んだり、コケにしたりしないであげて下さい。
もしかしたら、その人達はあなたがまだ見えないものが見えている人かも知れませんから。
木村さんの風貌は60代にも関わらず、すでに80代と思えるような
深いシワが顔に刻まれています。
歯のないその口元を子供の様にほころばせながら
『私がエライんじゃない、私の周りにいた家族が偉かった』
と苦労した十年を共に耐えた家族を敬う言葉がその口からは発せられました。
木村さんが確立した無農薬・無施肥の栽培方法は不可能とされてきたことで
弘前大学の杉山修一氏に『おそらく世界で初めての事』と評されているそうで、
日本人体質のいい所は『和』チームワーク、みんなが習って世界に冠たる
『無農薬農業大国』になったら素敵だなぁ・・・
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