2013年5月16日木曜日

復活した公開稽古とシーン発表~初心忘れるべからず~

昨日、水曜日の私のクラスにて、
今シーンスタディのテーマであるW.Shakespeare 『マクベス』 の
シーン発表を兼ねた公開稽古をシャインのスタジオで開催しました。

FACEBOOKにも書きましたが、
SYMBION創世記には定期的に発表会なるものを開催し、
参加俳優達に演技の発表の場を設け、そこでの俳優達の演技のあり方を踏まえつつ
アンサンブルを形成し、本公演という大きな発表へと繋げていった訳ですが、
演劇祭で賞なども頂いた辺りから、演技術の道場であるという本分が失われ、
次第に日々の稽古より発表そのものに意識が行くようになり、

     『ムムッ?SYMBIONは劇団ではないぞ』とか

     『公演の稽古には来るけど、日々の稽古には顔出さない俳優が増えてきた』とか

     『誰がどれだけ有名で全てが決まる芸能界で自分を図るのでなく、
      売れているプロ・売れていないアマ問わず、継続的な演技術の道場として   
      SYMBIONは設立したはずでは?』とか

     『作品を発表するための演出と演技の質を上げさせる為の教授は別物ではないか?』  
     

等など、様々な問いと考察を経て、劇団的本公演活動を停止し、
またワークショップにおけるシーンの発表も暫く開催を控えていました。

が、しかし俳優には『見られている』環境=本番(擬似本番であっても)がやはり必要です。
考えた末、

     『演じやすいライトな戯曲ではなく難解なもの』で

     『解釈を単一化する「リザルト演出」をしない事で俳優のポテンシャルを引き出し』つつ

     『簡素化を追求したミニマムのスタッフワーク(美術・音響・照明・衣装)』で・・・

この3つの条件に忠実に公開発表するならば演技術のトレーニングをしていく延長のまま、
本番という場を俳優に提供できると判断しました。

結果、今回から公開稽古として発表の場を復活させる事にし、
昨日2013.5.15(水)が第一回となった訳です。

結果、沢山の見学者のご来場と、簡素で現代的なと舞台、明かり、音楽により、
参加俳優達は普段の稽古の何倍もの集中力で演じ切り大成功の公開稽古となりました。

最近、私がレクチャーでよく講義させて貰っている事に、
役者を成長させる三つの要素という物があります(詳細はHPで)

     1.演技を奏でる楽器="自分"を鍛えるトレーニング

     2.演技のデザイン

そして

     3.本番となります。

これは、私が発見したものではなく、演技のトレーニング法の歴史上にあり、
私自身もNew Yorkでマイズナーの弟子になった二十歳の頃から、
俳優として30年近く、一線で仕事をし続けてきた経験値の蓄積です。

俳優はスポーツ選手と同じです。トレーニングを欠かせば、試合には勝てません。
でも逆にトレーニングの時にどんなに素晴らしくても
いざ本番=試合になったら話にならないでは、これも駄目です。

このセオリーがあるので、今まで財政的にはかなり無理があっても、
大きな劇場を借り、本公演として発表の場を設けていたわけです。

でも、昨日の簡素化をテーマにおいた公開稽古では大きな気づきがありました。

     『問題は発表(本番)の規模ではない』という事です。

たとえ大きな劇場ではなく、小さいスタジオの公開稽古でも
本番さながらの雰囲気を創り、俳優達のモチベーションがあれば
どんな所でも『本番状態』を経験する事は可能だという事。

『マクベス』は五回位の稽古でこなせる様な簡単な戯曲じゃありません。
それ故、世界中の名優達が挑戦するのです。
ですから、昨日の俳優達の演技も完成品という訳では当然ありませんが、
演技に向かう姿勢は手だれにはない、摯さがありました。
失敗も悔しさもあったでしょう。それが良いんです。それが本番を経て初めて得られる
初心です。

通算8組、同じシーンを延々2時間見ていた訳ですが
私は全然退屈せずに、各チームの演技を見る事が出来ました。
トレーナーという立場だからという訳ではなく。

私も最近は堪え性がなくなり、大劇場の素晴らしいと言われる舞台を見ても
ちょっと舞台にスキがあると、すぐ睡魔に侵されるのですが・・・
昨日は本当に面白いものが見れました。

世阿弥大先生のおっしゃってる事は正しい!

      『しかれば当流に万能一徳の一句あり。
        初心忘るべからず。
       この句、三ヶ条の口伝あり。
       是非とも初心忘るべからず。
       時々の初心忘るべからず。
       老後の初心忘るべからず。
       この三、よくよく口伝すべし』   ~「風姿花伝」より~

最初の時の初心。未熟な自分の芸を憶えておく事。
そして、芸が上達していく過程において、段階段階におけるそれぞれの初心。
さらに、年老いてある程度の芸の極みにまで達しても、到達点を自ら作らず、
達人の境地に達したと評されても、更に新たな境地を求め、
求めた新たな地点に足を踏み入れた時点で、それはそれで新たな初心。

その通りです。
役者も慣れてくると、トレーニングから遠ざかり、
自分の演技は棚に上げて、発表の場の大きい小さいにこだわり
やがて、演技に対しての純粋な探求心は失われ
俳優としての自分自身を腐らせてしまう・・・・

格闘技を追求する格闘家が集まるジムでは、試合感覚の維持、技術力の確認など
様々な目的の為擬似試合としていつもスパーリングが行われています。
ならば、俳優の演技術を追求する俳優達が集まるジムのような場所で
スパーリングという場を創ってあげられたら・・・
この私の初心が、11年かけて昨日やっと一つの形になり始めたと感じました。

私にとってのSYMBIONも、新たな境地に達したのかもしれません。

昨日、シーン発表をした俳優達とそれを真剣に見学した人達に拍手。
あなた達は自分を腐らせていない、とても水々しい人達です。

私がNew Yorkの演劇学校にいた頃、
仲良しの黒人のALEXが小さな朗読の会に参加しました。
その翌日、興奮してクラスに入って来た彼は

『TAKAッ!OH! Man!スゲーぜ!昨日の朗読ワークショップに誰が来たと思う?オレなんかぶった  
 まげてその後、ぜんぜんセリフ読めなくて、大恥かいたぜッ!Man!』

『誰が来たのよ?』

『リチャードだよ!リチャードだぜ!Man!』

『リチャード?』

『この間、最年少でアカデミー賞主演男優賞受賞したリチャード・ドレファレスだよッ!
 ideot!(バカタレ)』

『Oh,my GOD!(オレもぶったまげたぜMan!)』

New Yorkではよくこんな事があります。
有名な人も、無名な人も、生涯変わらす演技をし続け
探求し続けるのです。

『カッコイイな、オレもそうなろう』と思った私・・・・
30年以上経って、昨日の俳優達を見て、またその時の事を思い出しました。

これからも、私の心と才能(あるとすれば)は
初心を忘れずに、ワークショップに来てくれる人達と共にあります。

MAY MY FORCE BE WITH YOU!








2 件のコメント:

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  2. マクベス夫人を二回やらせて頂いた片岡です。6週間、充実した時間を過ごすことができ、とても感謝しています。荻窪駅まで歩きながらも、「晩餐を終え、寝室に…」とぶつぶつ台詞をつぶやいていたので(目もうつろだったから、危険なおばさんに見えたことでしょう)、本番ではなんとかとちらずに最後まで言えてホッとしました。
    樋口さんが書いていらっしゃるように、当日は確かに「本番さながらの雰囲気」がありました。独特のピーンと張り詰めた空間と空気。怖いような気持ちになりましたが、考えていたのは今持っている自分の力を出し切ることのみ。
    今後の課題も見つかり、大変実り多いワークショップでした。何より、一度チャレンジしてみたかったマクベス夫人を演じる機会を与えて頂いて、幸運でした。
    本当にありがとうございました。

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